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カシオ QV−2900UXについて


QV-2900UX

☆ジャンク度☆
電池蓋破損
撮影可能


QV-2900UX QV-2900UX
 ライカ判換算で40〜320mmF3.2〜3.5の光学8倍ズームレンズを搭載する。
 デジタルズームを組み合わせると32倍ズームになるそうだ。


QV-2900UX QV-2900UX
 レンズユニットが回転するスイバル方式を採用。
 今世紀初頭までのデジカメには存在するタイプだった。


QV-2900UX QV-2900UX
 ボディ上部にはQV−10の伝統を受け継ぐシリアルポートを装備。
 レンズユニットの後部には外付けフラッシュの同期ケーブルのコネクタを装備。


QV-2900UX QV-2900UX
 液晶ビュワーの出来は時代並み。
 インターフェイスデザインは遊び心がある。


QV-2900UX QV-2900UX
 コマンドダイヤルや十字キーが無いため、それらに慣れていると戸惑う操作系。

QV-2900UX QV-2900UX
 カシオ錦のベストショット機能。

QV-2900UX QV-2900UX
 操作系の合理化が旧態系なので戸惑うが、撮影に必要な操作は感覚的に分かりやすい。

QV-2900UX QV-2900UX
 メイドインジャパンでございます。

QV-2900UX QV-2900UX
 電池蓋破損は旧いコンパクトデジカメの共通の弱点。
 しかし、カシオのQVシリーズはとにかく弱い。

QV-2900UX QV-2900UX
 記録媒体はコンパクトフラッシュ。
 電源は単三型電池4本を使用。


 本カメラは2000年8月に登場したQV−2800UXのマイナーチェンジ版である。QV−2800UXには同時に登場したQV−2300UXが存在するが、これもマイナーチェンジ版であるQV−2400UXが存在する。基本的には光学3倍ズームレンズを搭載したQV−2300UXのレンズを光学8倍ズームレンズに換装したのがQV−2800UXで、そのマイナーチェンジ版が本カメラなのだ。なんだかややこしくなってしまったな。カシオは1998年にQV−5000SXを投入し、翌年マイナーチェンジ版であるQV−5500SXを出したり、2000年にQV−3000EXを投入し、翌年にマイナーチェンジ版であるQV−3500EXを出したり、常習的なのだ。注目したいのは本カメラの登場が2001年6月なので、QV−3500EXと共にカシオは結果的にマイナーチェンジで世紀を跨いでしまった。
 QV−2300/2800UXと、どこが違うのかというと、QV−2400/2900UXになってヒストグラムを表示したり、「ベストショット」というカシオ伝統のシーンモードが増えたり、TIFF記録モードが付いたり、あまり変わり映えはしない。専用ケーブルを使うと携帯電話で画像をメールとして転送できたらしい。2001年の当時としてはちょっと大したことだが、本カメラで必要とした方がどのくらいいらっしゃったか不思議だなあ。
 現在の視点からすると、かなり大柄なカメラである。しかし、2001年当時の高倍率ズームレンズ搭載機としてはコンパクトな方だったようでASCII.jpでは「ポケットに入る」と評価している。構造上の大きな特徴はボディ部とレンズユニット部が連結していて、レンズユニットが回転するのだ。こういうスタイルを「回転レンズ」とか「スイバル」とか称していて、2003年に登場した京セラのファインカムSL300Rあたりまでは、割と普通に存在した。フィルムカメラではありえない、デジカメならではのスタイリングなので、デジカメ普及のパイオニアとなった伝説のQV−10も、ほぼ同様のスタイリングと言っていいだろう。

                ☆                 ☆

 持たざる者は知恵を使うのだ。資源の豊富な国は燃料タンクだって防弾にするし、ジェラルミンの時代に木製の戦闘機/爆撃機を作ったりしない。カシオはカメラメーカーではないし、デジカメ大戦を遡る電子カメラ戦争で大敗北を喫しており、屈辱のベルサイユ条約でカメラの開発・製造を禁止されていた。なので、カシオ国内で「カメラ」などと口で発しようものなら即効で特高に連れ去られて抹殺されてしまったそうだ。QV−10は当初、携帯型TVと仮称してソ連国内で極秘開発され、カメラ機能を搭載した後にTV機能を外した逸話は「プロジェクトX」で有名である。陸軍国のドイツが陸空を一体化した電撃作戦で初戦を決したのに対し、カシオが選択したのは「アウトレンジ渡洋攻撃」だ。画質は二の次の25万画素級撮像素子に高圧縮をかけて内蔵メモリ2MBながらも100枚近い画像の撮影に成功した。同時期のライバル達が8〜20枚くらいの画像しか撮影できなかったのに比べると常識外の撮影枚数である。そのかわり画質はそれなりだったが、Windows95にパソコン通信というプアなインフラにおいては十分な効果があり、前線の将兵が珍しモノ好きの派遣社員女子のメールアドレスを聞くのに充分な打撃力であった。更に標準で液晶ビュワーを搭載し、撮影した結果をその場で見ることができたのだ。現在においては不思議な話だが、当時のデジカメは液晶ビュワーの無いモノやオプションのモノも存在したのである。ただし、それ故に電池消耗に弱く(当時のデジカメの電池消耗の大きな原因は液晶ビュワーの表示とされていた)、翼に配置した非防弾の燃料タンクが災いし、旧式複葉機I−15の一斉射撃で脆くも火を噴いてしまう致命的な欠点があった。しかし、そこは当時安定流通し始めた100円ショップの単三電池の逐次投入や、アキバの怪しげな単三型充電池の動員で消耗を上回る効果を得たのだ。本カメラはQV−10の正当な後継者と言っても良い。伝統的な光学機器メーカーがデジカメ参戦に躊躇したり、従来型の発送のカメラを踏襲して足踏みをしていた1995年、カシオは従来型フィルムカメラの常識を覆すユニークなコンセプトで大成功したのである。その効果が一時的だったにしろだ。
 カシオのスイバルスタイルに対する執着は並々ならぬものがあった。しかし、一時の大勝利は組織を硬直させてしまうらしい。1998年3月にはフィルムカメラの代用品として認知された初期のモデルである150万画素級のデジカメが登場する。それがフジフィルムのファインピクス700なのだが、当時のカシオときたら同じ月にQV−10から半歩しか進化していない35万画素級のQV−770を投入していた。どんなに柔らかな目線で見ても時代錯誤だったと思うな。慌てて翌月の4月には131万画素級のQV−5000SXを投入するのだが、拘っていたスイバルスタイルを捨てた常識的なカメラスタイルで、画質もイマイチだったのだ。これで前線の将兵は「カシオのデジカメは画質が悪い」というイメージを固定化してしまったらしい。同年9月には高画質を実現したQV−7000SXを投入するのだが、既に固定化した悪評を覆すには至らなかった。翌年、1999年9月には200万画素級でそれなりに綺麗な画像を写すQV−2000UXを出すのだが、画質面の評判は覆らなかった。もっとも、同時に131万画素級だがスイバルスタイルで光学8倍ズームレンズのQV−8000SXが登場している。おそらく、この2つのカメラが融合して2000年のQV−2300/2800UXの布石となっているのであろう。なんだか、カシオのデジカメの進化はSu−7からSu−9/11を経由して、Su−15/21やSu−17/22への進化のような地道な努力の積み重ねに見えるな。
 2000年にはキヤノンのパワーショットS20と並んで最も早く300万画素級に至ったコンシューマデジカメとして前述のQV−3000EXが出るのだが、パブリシティ側の評価とは裏腹に市場の評価は「だってカシオだから」と画質面での評価はイマイチだったようだ。カシオが名声を取り戻すのは「着るカメラ」としてカードサイズを実現したエクシリム EX−S1/M1の登場を待たねばならない。エクシリムの登場がカシオにおけるSu−27ということだな(?)。

                ☆                 ☆

 いい加減、本カメラの話題に移ろう。撮像素子は211万画素級でQV−2300UXと同じもの。多分、1999年のQV−2000UXから踏襲しているだろう。オリンパスならキャメディアC−2020ズーム、ニコンならクールピクス800と同期で、恐らく撮像素子は同じものではないだろうか。当時、多くのデジカメのマザーユニットを今は亡き三洋電機が作っていたとされていた。これにライカ判換算で40〜320mmF3.2〜3.5の光学8倍ズームレンズを組み合わせる。ちょっと広角側が狭いのが気になるが、フィルムカメラに比べて遥かに小さい面積の撮像素子のデジカメは、広角を広げるのがなかなか難しかった。例外はコダックのDC210Aズームやその後裔機とキヤノンのパワーショットA5ズームくらいじゃないかな。レンズユニットも大柄なのだが、単三型電池4本を収納するボディ部も大柄なので、全体的な大きさのバランスは取れている。こんにゃくを真ん中でねじるようなニコンのクールピクス950のような違和感はない。あまり建付けの精度は良くなく、樹脂製ボディはぱこぱこする。ハッキリ言って丈夫なカメラではないので電池室のロック爪の破損は当たり前だし、コンパクトフラッシュの蓋の開け閉めも気を付けた方が良い。流石にスイバルたるレンズの回転部は強度を保っているようだ。回転角度は270度で完全に一周するわけではない。しかし、自分撮りも出来るし十分だろう。現在ではバリアングル液晶ビュワーが普通なので、こういうスタイリングは廃れてしまった。フラッシュはポップアップせずレンズユニットに組み込まれて一緒に回る。
 操作系はコマンドダイヤルや十字キーが無く、コマンドボタンと「+」「−」ボタンで操作するので野暮ったい感じである。しかし、アイコン化したメニューデザインに遊び心があって楽しい。それに、本カメラの対した所はマニアル機能が満載なのだ。プログラムAEの他、シャッター速度AE、絞り優先AE(3.2、4.8、8の3段階)、マニアル露出に対応し、MFモードも搭載する。また測光モードもマルチパターン測光、スポット測光、中央重点測光が選択可能。見かけがシンプルなので想像しがたいが、きめ細かな撮影に対応できるのだ。そしてカシオの錦である「ベストショット」機能を搭載する。これは一種のシーンモードなのだが、これが多彩で28種類の「ベストショット」モードを搭載し、付属のCDからの転送で最大64種類の「ベストショット」モードを追加できるのだ。ならば最初から64種類登載してもよさそうなものだが、そこは素人の浅はかさなのだろう。拙僧は積極的に使わなかったが、実売で6万円近くもしたらしいからプロパー価格で買った方はそのくらいは遊ばせてもらわなければ敵わないだろうな。
 レスポンスは当時のカメラ並みで、これはとやかく言うのも野暮である。ただ、果たして光学8倍ズームレンズとスイバルスタイルがマッチしていたかというと、ちょっと疑問ではある。ライカ判で320mmだと手ブレが心配になってくる焦点距離だ。当然、本カメラに手振れ補正機構は無い。これが一眼レフのような従来型スタイルなら光学ファインダーを覗いてボディを顔や額に押し付けてホールドする手法があるが、光学ファインダーが非搭載の本カメラは不可能である。当然、EVFファインダーもないから両手を伸ばした不安定なデジカメ撮りで超望遠撮影をしなければならないのだ。これは十分な光源下でも容易ではない。それならば三脚でと思うかもしれないが、三脚のベットとレンズユニットが干渉して肝心のレンズユニットが回転しなくなってしまうのだ。そして、困ったことに2001年にはこれらを解決してずっとコンパクトなオリンパスのキャメディアC−700UZが登場するのだ。C−700UZはスイバルスタイルでもバリアングル液晶ビュワーでもないが、それなりに使い物になるEVFを搭載して手振れ補正機構がなくても、そこそこ超望遠撮影ができた。本カメラの重要なコンセプトは旧くなっていた。いや、QV−8000SXの時は斬新だったのだが、その時はだれもカシオを見ていなかったのだ。

                ☆                 ☆

 拙僧にとってカシオがリアルに立ちはだかったのは「ポケコン」だった。「ポケコン」を説明するのにだって現在は苦労するよな。一方の雄であるシャープに比べるとやっぱり地味なイメージがある。拙僧が工業高校で支給されたポケコンはシャープ製でZ80相当のCPUだったしなあ。しかし、卓上計算機にデジタル時計、電子楽器とカシオが開拓したジャンルは広大である。決してソニーでもパナソニックでもないのがカシオの魅力だ。

 では、撮影結果(奥三河山車祭り編)もご覧いただきたい。

(了:2015/4/4)

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