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三洋電機 ザクティ DMX−C4について


XactiDMX-C4
シングル8を彷彿させるムービーライクデジカメ

☆ジャンク度☆
不具合無し
撮影可能


XactiDMX-C4 XactiDMX-C4
 フジカ P300のようなシングル8シネカメラを彷彿とさせるスタイリング。


XactiDMX-C4 XactiDMX-C4
ライカ判換算38〜220mmF3.5〜F3.7の5.8倍となかなかの倍率のズームレンズを搭載。
撮像素子は400万画素級だが、800万画素補完モード機能あり。

XactiDMX-C4 XactiDMX-C4
 スピードライトはレンズ下に配置。


XactiDMX-C4 XactiDMX-C4
有機的な曲線だがシンプルなボディライン。
ボディ側面には「DIGITAL MOVE」の文言が。


XactiDMX-C4 XactiDMX-C4
 ムービーカメラと共通する操作系。


XactiDMX-C4
 電池投入後、最初だけこの電源スイッチを押下する必要がある。
 次回からは液晶ビュワーを開いただけで電源ONになる。

XactiDMX-C4 XactiDMX-C4
 液晶ビュワーを見ながらの撮影はムービーカメラそのもの。
 シンプルだが明快な階層メニュー。


 本カメラの登場は2004年である。丁度、フィルムカメラからデジカメへの移行も一段落付き、上り調子だったデジカメの売り上げの勢いも、やや穏やかになってきた頃だ。撮像素子は400〜600万画素級が中心で、ひとまずコンパクトデジカメはそんなものでいいんじゃないかなと思われ始めた。一方でニコンD70やキヤノンEOSキスデジといったデジ一眼レフカメラが徐々に一般人の手に届き始めた頃である。それよりもちょっと前、つまりデジカメの中心モデルが130万画素級から300万画素級だった頃、多くのメーカーのデジカメのベースボードを作っていたのは三洋電機だった。エプソンのCP−600も、オリンパスのキャメディア C−830Lも、あの高級機のニコンのクールピクス900さえも、ベースボードは三洋電機製ではないかと言われていた。勿論、画像処理系のRISCチップやソフト、レンズなどデジカメの画像作成の肝となるオプションは全く異なるから、写した画像は全く違うものだ。しかし、多くのメーカーのデジカメのマザーシステムを三洋電機がOEMとして引き受けていた。そんな三洋電機も自社ブランドのマルチーズでデジカメ市場に展開していたが、あまり成功したとは言えない。しかし、三洋電機にもコアなフォロワーがいた。何しろ三洋電機のデジカメは伝統的に「爆速」「連射」「動画」に強かったのである。他社製品が電源スイッチの押下から撮影可能に至るまで10数秒もかかった時代に、三洋電機のマルチーズは1〜2秒で撮影可能状態に遷移した。また、実用的な連射撮影や動画撮影に先行したのもマルチーズシリーズだった。ソニーのサイバーショット DSC−P1や、その他のサイバーショットシリーズでもMPEG−1の動画撮影を謳っていたが、あまり評価された形跡がない。多分、何かと制限があったのだろう。
 三洋電機の初期のモデルであるマルチーズDSC−V1も動画撮影機能を搭載していた。しかし、これは動画撮影といっても0.1秒単位で録画し、最長でも1.6秒しか撮影できなかった。それでも10回撮影すれば16秒になり、パラパラ漫画のようで面白いというニーズを発掘することに成功した。その後、マルチーズ DSC−X110辺りになると使い勝手のあるものとなり、マルチーズ DSC−SXシリーズで一定の完成に至る。しかし、レンズが単焦点レンズだったりして、より広い市場を獲得するのは難しくなってきた。そこで光学3倍ズームレンズを搭載したDSC−MZ1が登場する。このカメラも登場時には他社に比べれば起動速度は速い方で、動画機能も優れていた。しかし、三洋のキレたパフォーマンスに自己を投影していたフォロワーからすると、ややコンセプトがブレて見えたようだ。DSC−MZシリーズはDSC−MZ3まで進んでいくが、コンセプトの一つだった単三型電池仕様もオリンパスのμ10デジタルと同じ専用電池になってしまい、凡庸なカメラになってしまった。しかし、三洋電機はキレたパフォーマンスを望んでいたかつてのフォロワーを見捨ててはいなかった。一度はデジカメ市場から撤退したかに思えた三洋電機は、新たにキレたコンセプトのザクティシリーズで市場を驚かすのである。
                   ☆               ☆
 本カメラの元祖となるザクティDMX−C1はデザインはガジェット好きには大きく響いた。いや、コンパクトなムービーデジカメを求めていた動画好きにも大きな福音となったはずだ。見た目はグリップスタイルのムービーデジカメ。拙僧のようなオールドタイマーからするとシングル8シネカメラを彷彿とさせた。更に上の世代の方はズバコンを思い浮かべたかもしれないな。ズバコンはともかく、ムービーデジカメやシングル8シネカメラをザクティに見たのは案外勘違いではなかった。ザクティシリーズは動画に特化した、画期的なコンパクトデジカメなのである。ここでちょっと三洋電機のデジカメ史を発掘してみよう。三洋電機がいかに動画にこだわったかが垣間見える。
 1980年代から1990年代半ばまで三洋電機はムービービデオカメラを作っていた。いわゆる8mmカセットとかminiDVである。しかし、1995年に三洋電機はムービービデオカメラから撤退してしまう。1994年には三洋電機もスチルデジカメの開発を始めていたし、そもそもスチルデジカメはムービーデジカメから派生したものだから、当然、ムービービデオカメラの開発部隊はスチルデジカメにシフトしただろう。これは断定できないが、エプソン初のデジカメであるCP−100は、全く三洋電機の初期のデジカメと全く同じ可能性が高い。三洋電機の撮像素子から取り込んだ映像信号処理技術はスバルの4輪駆動のようにずば抜けていたから、多くのメーカーのデジカメをOEM先として注目されることになる。実際に「デジカメ」の登録商標は三洋電機が獲得した。無論、三洋電機からも自社ブランドのデジカメを発売したいと思うのが当然だ。そこで「三洋電機のデジカメは動画機能に特化したものだから別ジャンル」ということでOEM先のメーカーとは差別化を図っていたようなのだ。その動画機能は当初は「おまけ」レベルのモノだったのだが、のちに開花する。
 グリップに開閉式の液晶ビュワーを搭載したスタイリングはNECのピコナがあるが、あれは完全にスチルデジカメだし、あまり考えてあのスタイリングになったとは思えないから、本カメラが画期的だったといっていいだろう。ボディは手のひらサイズで非常にコンパクト。ムービーデジカメも相当小型になっていたが、グリップでしっかりと握り片手で操作できるカメラは多くはなかったから三洋電機のコンセプトの完成度の高さが光る。小型のムービーデジカメはトイデジカメから派生したMustek DV5000のようなものもあるし、パナソニックもムービーデジカメと親和性の高いスチルデジカメには早くから関心があり、SV−AV50などを展開していたが、ザクティシリーズに比べると実験的なデザインに思えてしまう。スチルデジカメのムービーモードもあったし、ムービーデジカメのスチルモードもあったが、本格的に両方の機能を備えたコンパクトデジカメはザクティシリーズが開拓したといっていいだろう。
 緒元としては撮像素子は400万画素級。これは撮像素子が300万画素級だったDXM−C1がらブローアップしている。画像補完処理をして800万画素級の撮影データを出力するモードもあるらしいのだが、あまり本カメラの魅力に貢献しているとは思えない。レンズはライカ判換算38〜220mmF3.5〜F3.7の5.8倍と、当時としてはなかなかの高倍率のズームレンズを搭載している。しかし、これには若干のからくりがあって、本カメラの撮像素子の面積は1/2.7型と当時の標準的なコンパクトデジカメよりも小さいのだ。そうなるとイメージサークルも小さくできるから、設計には有利になる。一方でNDフィルターを搭載するというから絞りは無く、減光はNDフィルターで行うのだろう。最短撮影距離は広角側で10cm、望遠側で80cmと物足りないが、スーパーマクロモードなら広角側で2cmまで寄れる。レンズがやや暗いのも若干気になるが、本カメラは手ブレ補正機構を搭載している。これは特にムービー撮影で効果を発揮するだろう。また、音声記録では風切り音などのノイズをキャンセルする機能も搭載している。肝心のムービー撮影は640x480ピクセルで30fpsのMPEG4動画を記録媒体が一杯になるまで撮影できる。本カメラはSDHCには対応していないので2GBまでのSDカードにしか対応していない。また、バッテリーは小型でメーカー公称で連続撮影時間が60分だというから、本カメラでスポーツ撮影や旅行撮影を本格的に行うなら、それぞれに予備が必要だろう。
 ちなみに、本カメラは液晶ビュワーを開くことで起動するが、音声で「日付を設定してください」とか「撮影モードです」とか喋る。スタイリングにマッチした可愛い機能だ。
                   ☆               ☆
 拙僧などは本カメラの有機的で合理的なデザインで参ってしまう。しかし、実際のところ、拙僧はスナッパーだから本カメラの有意義な機能を発揮できない。実際に稼働率は著しく低く宝の持ち腐れだ。もっとも、拙僧はともかく、本カメラの得意な特性は大ヒットとは言わないものの確実にフォロワーを増やして一ジャンルを形成した。
 しかし、それもiPhoneやスマートフォンの爆発的な拡散で存在意義の危機に曝されてしまうのだ。
 尚、三洋電機はご存知の通りパナソニックに吸収されてしまうのだが、傘下のデジカメやデジタル映像部門の子会社は三洋電機の名を冠したものからザクティを冠したものとして独立している。パナソニックが切り捨てたという見方もあるが、ザクティがしぶとく永続していると思うと、チノンの活躍と同様に胸がすく思いだ。


 では、撮影結果をご覧頂きたい。

(了:2016/6/15)

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